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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)2671号 判決

原告

米満哲男

被告

安全興業株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、金三一三万二一五〇円及びこれに対する昭和六一年五月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六一年五月八日午後二時三〇分頃

(二) 場所 東京都新宿区新宿三丁目一番一五号先路上

(三) 加害車両 普通自動車(以下、「被告車」という。)

右運転者 被告外川陸海(以下、「被告外川」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 被告車が事故発生場所の道路(以下、「本件道路」という。)を歩行中の原告に衝突

2  原告の受傷及び治療経過

原告は、本件事故により、左肩挫傷、右腓骨骨折の傷害を負い、直ちに黒須病院に入院治療し、同月一九日退院した後も通院治療した。

3  責任原因

(一) 本件事故は、原告が本件道路を横断するため前方の横断道路に向かつて歩行中、被告外川が前方注視を怠つた過失により惹起されたものであるから、被告外川は民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(二) 被告安全興業株式会社(以下、「被告会社」という。)は、被告外川の使用者で、かつ、本件事故は被告外川が被告会社の業務のため自動車を運転中起こしたものであるから、被告会社は民法七一五条により損害賠償責任を負う。

4  損害

(一) 治療費 四四万五三五〇円

(二) 交通費 一万五六〇〇円

原告が入院中、緊急のため後記会社幹部が病院に通つた交通費及び原告が自ら出社した交通費

(三) 看護料 一三万九四〇〇円

一日三四〇〇円の四一日分(うち一一日は入院中、三〇日は自宅静養中)

(四) 物損 一一万五〇〇〇円

原告は、本件事故により、背広、眼鏡、シヤツ、靴の損傷を受け、合計一一万五〇〇〇円の損害を受けた。

(五) 逸失利益 三〇三万六五五〇円

原告は株式会社三交社及び株式会社全美の代表取締役であるが、本件事故による入院加療により、約三か月間業務を行うことができず、そのため右両社の役員会は昭和六一年五月一二日二か月間の役員報酬を不支給とする決定をし、原告は右報酬三〇三万六五五〇円を取得できなくなつた。

(六) 慰藉料 五〇万〇〇〇〇円

(七) 損害の填補 一一一万九七五〇円

よつて、原告は被告ら各自に対し、損害金合計三一三万二一五〇円及びこれに対する事故発生の日の後である昭和六一年五月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の事実は否認する。

4  同4のうち、(一)及び(七)は認める。その余は知らない。

三  被告の主張

1  被告の無過失

本件事故現場は、片側三車線の道路の第三車線(センターライン寄りの右折車線)の車道上であり、信号機のある交差点に設置されている横断歩道から一一・五メートル手前の地点である。原告は第一車線に自車を駐車し道路反対側に横断しようとして第二車線停止中の自動車の陰から第三車線に飛び出してきた。被告外川は第三車線で先行車に続いて信号待ちをしていたが、右折信号が青になつたので先行車に続いて時速約一〇キロメートルで走行したところ、原告が飛び出してきたので、直ちにハンドルを右に切つて衝突を避けようとしたがバンパーの左端に原告の右足が接触した。被告外川は第二車線の自動車の陰から人が飛び出してくることを予見できないし、速度も出しておらず、結果回避の措置も十分に講じていたのであるから、過失はない。

2  過失相殺

仮に、被告外川に過失があつたとしても、右事故態様によれば原告に重大な過失があり大幅な過失相殺をすべきである。

四  被告の主張に対する原告の認容

被告の主張は争う。原告は第一車線から中央線に向つて歩き、第二車線内に停止している自動車の左側に沿つて横断歩道に向おうとした際、被告車に衝突されたものである。

第三証拠

証拠は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故における被告外川及び原告の過失(請求原因3及び被告の主張1、2)について判断する。

1  成立に争いのない甲第三号証(後記信用できない部分を除く。)及び第一八号証、原告本人尋問の結果(後記信用できない部分を除く。)並びに被告外川本人尋問の結果によれば、

(一)  本件事故現場は、車道幅員一六・六メートル、両側に歩道がある道路の車道上であり、信号機の設置された交差点(以下、「本件交差点」という。)手前の横断歩道(歩行者用信号機が設置されている。)から一一・五メートル手前の地点であること、車道は片側三車線であり歩道寄りから第一車線、第二車線は直進車線、第三車線は右折車線であり、本件事故は第三車線内で発生したこと、本件事故現場道路は終日駐車禁止であり、また終日歩行者横断禁止であつて本件事故現場の歩道上に歩行者横断禁止標識があるうえ、歩道と車道との間にはガードレールが設置されていること、付近一帯は市街地で人通りが多く自動車交通量も多いこと

(二)  被告外川は本件交差点を右折するため第三車線で先行車に続いて停止していたが、右折用の矢印信号が点灯し先行車が発進したので被告車を発進させたところ、第二車線内に停止していた自動車の間から原告が歩行して出てきたのを約六・八メートル手前で発見し、急制動をかけハンドルをやや右に切つたが、被告車前部に原告が接触し、約三・七メートル進んで停止したこと

(三)  原告は、本件交差点手前約一〇メートルの第一車線歩道寄りに原告が運転してきた自動車を駐車して道路反対側のビルに向うため降車したが、直進の信号を見たところ赤になつていたうえ第一車線、第二車線内に自動車が渋滞して停止していたのでその間を抜けて道路反対側へ向かい、第三車線に入る地点で右方を確認しないまま横断を続けたところ被告車に接触したこと

(四)  衝突時において、前記認定のとおり被告車進行方向の直進信号は赤であつたが右折用矢印信号は点灯していたこと、したがつて原告が横断する方向の歩行者用信号は赤であつたこと

が認められる。

右認定に対し、原告は第二車線内に停止していた自動車の左側に沿つて横断歩道に向おうとした際被告車に衝突されたと主張し、甲第三号証に右主張に沿う記載があるほか原告は本人尋問において右主張に沿う供述をし、そのような進路を選んだ理由としてガードレールや段差があつたため歩道には上がれず、かつ歩道寄りに駐車車両がありすき間がなく歩道沿いに歩行することができなかつたと供述し、さらに歩行者用信号を確認したうえ進んだかのような供述もしている。

しかしながら、本件事故現場付近の写真であることについて争いのない甲第二七号証の一ないし六によれば、歩道に上がること及び歩道寄りに駐車車両があつても歩道沿いに進むことがいずれも可能であることは明らかであり、また原告の供述は信号の位置やどの信号を確認したかについて不確かであるから、原告の前記供述は到底信用し難い。右供述と同旨の甲第三号証の記載部分も信用することができない。

他に前記(一)ないし(四)の認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故現場道路は第一車線、第二車線に渋滞した自動車が停止していたというのであり、しかも付近は人通りが多い所であつたのであるから、停止車両の間から歩行者が出てくることはままあることであつて、第三車線を走行する者としては右実態を予想し、低速でかつ前方を注視して運転したうえ、歩行者が出てきた場合には急停止又はハンドル操作を的確に行い衝突を回避する義務があるというべきである。

ところが、被告外川は原告を約六・八メートル手前で発見しながら(時速一〇キロメートルで走行していれば十分衝突が回避できる距離である。)接触を回避できなかつたのであるから、前方注視、速度、ブレーキ及びハンドルの操作のいずれかに関し義務違反があつたというべきであり、よつて同被告に過失が認められる。

3  他方、原告は横断禁止場所でかつ信号機のある横断歩道の一一・五メートル手前の地点を、右信号が赤であるにもかかわらず確認しないまま、しかも停止中の自動車の間から右方を確認しないで出たため本件事故を惹起させたというのであり、重大な過失があるというべきである。

4  2及び3で認定した原告及び被告外川の過失内容を検討すると、被告外川は信号機に従い走行していたものでありかつ1で認定したとおり被告車は接触して約三・七メートル進んで停止したというのであるから速度もかなり低速であつたと認められ、その過失は軽度であると考えられるのに対し、原告は明らかな道路交通法規の違反及び基本的な安全確認義務違反を重ねたものであるからその過失は極めて重大であると考えられる。そこで、双方の過失の内容、程度等を考慮すると、原告と被告外川の過失割合は原告八五パーセント、被告外川一五パーセントが相当と認める。

三  すすんで、損害(請求原因4)について検討すると、原告の主張する全損害(填補前のもの)は四二五万一三〇〇円であり、前記のとおり原告には八五パーセントの過失があるので右割合で減額すると六三万七六九五円となる。ところが、原告が一一一万九七五〇円の填補を受けたことは当事者間に争いがないので損害はすべて填補されていることになる。

四  よつて、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴訟八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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